あの結晶の春を、君とまたもう一度

第一節 残雪

 

どうして、こんなことになってしまったんだ…っ。どうして僕は今、ここに居るんだ。

「はぁっ、はぁっ…雪希…っちゃん!」

動悸がどんどん激しくなっていく。息が上手く吸えなくなっている。いくらもがいたって、酸素が身体に届くことはないし、現実が夢となって消えていってくれることもない。

「どうして、どうして、どうしてっ…!」

どうして、雪希ちゃんはっ…ーーー!

 

 

死んでしまったんだーーー。

 

 

20××年 2月14日

幼馴染だった雪希ちゃんは飲酒運転をしていた大型トラックと事故に遭い、死んだ。雪の降る、少し遅いホワイトバレンタインになるはずだった。

「優くん、私ココア買ってくるよ。優くんは何か欲しいものある?」

どうしてあの時、「僕が代わりに行く」と言わなかったのか。

「じゃあカフェオレ」

どうしてあの時、「僕も一緒に行く」と言わなかったのか。

「うんっ、分かった!ちょっとだけ待っててね」

どうしてあの時、僕は雪希ちゃんを引き止めなかったのか。

 

ゴゴゴゴゴーーー……。

 

どうしてあの時、少し運転が荒っぽいトラックをこれ見よがしにして、雪希ちゃんの元へ行かなかったのか。

全部、全部僕が行動に移せていたら、雪希ちゃんが死ぬことはなかったのかな。僕が一緒にいれば、少しでも未来は明るい方向に向いてくれたのかな。

 

好きだったんだーーー、あの鈴のように可愛らしく笑う顔とか、両腕いっぱいの花束のような優しくて綺麗な心も。雪希ちゃんが好き、大好きだ。だからこんな失恋の仕方は耐えられないよ。

やり直したい、出来ることなら…。でもやり直せない。僕が今どんなにどん底に落ちていこうと世界は明日も、僕を通り過ぎることなく動いていく。

「あああああ〜〜〜〜っっっ…‼︎」

だからどうか、今は思う存分叫ばせて。世界の裏側にまで響く声で絶望させてよ。

そうじゃないと、心が削られていく気がするんだ。心にぽっかりと大きな穴があるような気がして、叫ばなければ虚しさは埋まってくれない。心も消えることはない。

雪希ちゃんがいない今の僕は、こんなに何もない人間だったんだと今、思い知った。

 

第二節 春来

 

冬は嫌いだ。特に冬が〝終わる〟時が一番。朝になると思わず目を細めてしまう陽光に、雪がキラキラと輝く。春が近づくにつれて、雪解けは止まることなく進む。久しぶりに外に出て、世界の美しさとそして残酷さにまた、絶望する。何度も思った。

 

“死のう”と。

 

でも死ねなかった。いざ死のうと思っても自分で自分を殺すなんて恐ろしくなって、結局死への手は止まる。きっと、来年の春も僕は今のままでずっと殻に閉じこまる貝のようになるのだろう。いや、貝はきっと毎日一生懸命生きているだろう。僕みたいに毎日を無駄にして、ただ息を潜めるだけの生き方なんかしない。

僕はベットから降りて、鍵の掛かった箱に近づいて鍵をガチャリと開けた。カーテンの隙間から刺す、淡い光に〝それ〟が煌めく。

僕は大事に壊さないように〝それ〟を手に持つ。それは雪希ちゃんのネックレスに埋め込まれていた雪の結晶が入ったガラス玉だった。

「雪希ちゃん……」

このガラス玉は僕が雪希ちゃんにプレゼントしたものだった。それを雪希ちゃんは今までずっと身につけてくれていて、それを見る度僕は微笑んでいた。

ガラス玉を光にかざしてみる。キラリ、と中の結晶が輝く。その途端、ガラス玉に異変が生じる。ガタガタと僕の手から逃れるように激しく動き出した。突然のことに驚き、思わず手を離してしまってからしまった!と思った。

ガラス玉は不思議なことに一人でに家の玄関の方へと飛んでいった。僕は急いで階段を駆け降り、一人でに開いた玄関のドアの隙間を通り抜けるようにして逃げていくガラス玉を、靴も履かずに追いかけた。

どこかの坂道、どこかの八百屋、どこかの踏切、どこかの公園。ずっとずっと逃げていくガラス玉を止まることなく追いかける。なんとなくだけどガラス玉は海の方は進んでいる気がする。けれどそんなことはお構いなしに僕は走り続ける。だってあれは、僕が雪希ちゃんの次に大切だと思っていたネックレスの一部なのだから。なくなったら困る。無我夢中で走り続け、海の港がすぐそこに見えていた。ガラス玉がどんどん速度を落としているのに気付いた僕は、今よりも一層走る速度を上げ、ようやく追いついたガラス玉はを思いっきり掴んだ。でも、僕の足はもう地面にはなかった。

「う、うわぁぁぁぁ〜〜⁉︎」

ドッバーーーーンッッ‼︎!‼︎

僕は思いっきり、海に飛び込んだ。水中で僕の身体はひっくり返る。その途端、驚くべきことが起こる。手の中に入っていただろう結晶のガラス玉が僕の目の前で妖しく光っていた。その光景を凝視していると、目の前が暗くなっていった。

何も見えない、何も聞こえない、息がしやすくなる。その時、パッシャーンという効果音が付きそうなほどの教会のステンドグラスに僕と雪希ちゃんが映っている。二人とも幸せそうに微笑みあっている。ああ、あの頃に戻りたい、戻って何もかもやり直したい。今、そう強く思った。瞳から涙が零れていくのが頬が濡れていくので分かった。

強く願った瞬間、目の前が真っ暗から何もかも見えなくなるほどの眩しい光が僕を包んだ。それは冷たくもあって、優しくもある様な暖かい光だった。

 

ピピピピピピッ、ピピピピピピッーーー。

頭の上で目覚ましが鳴る音が聞こえる。

「ん、…んーー」

僕は目覚まし時計を止めて、起き上がった。その部屋は前と変わらず、殺風景な寂しい部屋だった。今日の日付を確認する。その瞬間、僕は自分の目を疑った。そこにはーーーーーー、

20××年 2月12日

と、記されていたからだ。それは雪希ちゃんが事故に合って死ぬ前のちょうど2日前を示していたーーーーーー。