あの結晶の春を君とまたもう一度

第五節 明々の灯火

 

事故が起き、もうすぐ3週間が過ぎようとしていた。僕がタイムループした日に近づいてきていたのだ。これで、……もうこんな想いをすることはないのかな。いつか、有名な外国人哲学者が言っていた言葉だ。

『現実は一度きり。時間も一度きり。運命も一度きり。だからその運命を変えることなど、犯罪と同じなのだ。』

僕はその言葉を見た瞬間、疑問が芽生えた。運命を変えることは許されない、その言葉に引っかかった。犯罪者はもうやり直せない、何故ならもうそこで運命は決まっているからだ。そう言っているのと同じじゃないか。違う、違うんだ。人は何度だってやり直せる。過ちを犯した人間は、ずっと檻の中にいなければいけないのだろうか。きっと、そんなことはない。人はいつだって自分の力で運命を変えてきた。一度だって時間の流れで決まってきたんじゃない。

だって、そうだったら悲しいじゃないか。苦しいじゃないか。僕は僕の意思で、自分自身がしてきた選択で、今ここにいる。それが間違っているなんて思わない。最初から運命だからと諦めていたら、今ここに雪希ちゃんはいなかったはずだ。時空を超えて、他人の運命を変えてしまったのは今でもすごく後悔している。でも雪希ちゃんを助けられたことに悔いはない。

会いたい、雪希ちゃん。今、すごく不安で不安で仕方ないんだ。僕は家を出て、隣の雪希ちゃんの家に向かった。

ピーンポーン……

家のインターホンを押して、応答を待つ。

「はーい…。あ、優くん」

ニコッと可愛く笑って、雪希ちゃんが僕を家の中に招き入れる。

「お邪魔します…」

そう言ってから入る。広い玄関には高い天井からシャンデリアがぶら下がっている。

「あ、そうだ!優くん、さっきお母さんがね、ケーキ買ってきてくれたの!一緒に食べよ」

うん、と頷く。雪希ちゃんは人を幸せにさせる天才だなぁ。雪希ちゃんの笑顔が好きだ。泣き顔も好き。でもそれは嬉しくて泣いた顔だったらいいな。雪希ちゃんは、雪希ちゃんにだけは幸せでいてほしい。そしたら僕も幸せだから。

「雪希ちゃん……今ね、僕…すっごく幸せ」

そう言ってから、微笑む。その途端、雪希ちゃんの唇がワナワナと震え出した。そのほっぺたはどんどん赤く染まっていく。不思議に思って一歩近づくと、雪希ちゃんが突然叫んだ。

「む、無自覚!天然!」

そう言って、雪希ちゃんはそっぽ向いてしまった。む、無自覚…。て、天然…?並べられた悪口に近いものに僕は愕然とする。

「ひ、ひどいよ。雪希ちゃん…」

まさか自分がそんなふうに思われていたなんて…。そんな自分を叱咤する。

「ぬぬぬ…」

雪希ちゃんは唸って、キッチンの方へ行ってしまった。ぼ、僕何かしたかな…?雪希ちゃん、顔真っ赤だったから起こってたんだろうな。そのことに僕はだらんと腕を落とす。僕はノロノロとキッチンに向かう。そこには、まだ赤い顔をしてプンスカしている雪希ちゃんがいた。

「ゆ、雪希ちゃん…?僕、何か嫌なことしちゃった…?」

お得意の涙目で雪希ちゃんに訴えかける。僕は雪希ちゃんがこの瞳に弱いことを知っている。

「ち、違う!怒ってなんかないよ…。た、ただ優くんが恥ずかしいこと言うから、」

そこで雪希ちゃんは息が詰まったように口を閉じる。僕はその言葉に安心して、思わずホッとした笑みが浮かんだ。

「そうなんだ、良かった。でも僕、恥ずかしいことなんて言ったかなぁ〜」

そう言ってから本気で悩む。思い出そうとすると、雪希ちゃんが慌てて止める。

「も、もういいの!ほら、もうケーキ準備出来たから!」

雪希ちゃんに背中をぐいぐい押されて僕は、ソファに向かう。すとん、と柔らかいソファに身を委ねる。雪希ちゃんはテレビをつけて、何かDVDを入れる。

「優くんが好きなホラー映画借りてきたよ。一緒に見よ」

「うん!」

恐ろしすぎる効果音と共にゾンビが画面を割るように登場する。雪希ちゃんは、隣でキャッと言いながら楽しんでいる。雪希ちゃんも実は大のホラー映画好きだ。二人で怯えたり、楽しんだり、笑ったりしていたら、あっという間に時間が過ぎて行った。

「じゃあね、雪希ちゃん」

「うん、ばいばい」

玄関で雪希ちゃんと別れて、僕はある所へ向かう。本屋だ。僕は映画を見るのは好きだけど、本を読むのはもっと好きだ。ウキウキとした足取りで、本屋へ向かう。今日は何を買おうかな。やっぱり、推理とかサスペンスかなー。そんなことをのんびりと思いながら、本屋へ入ると、ぱっと目についたのは『赤崎雄大』の文字。聞いたことない作家さんだな。僕は少し気になってその人のBookコーナーへ向かう。その途端、目に入った文章に全身が固まる。

『時は、望むものには巻き戻すことができる。運命は変えることは出来ない。でも、それを変えたいものにはそれなりの試練が与えられる。頑張れ、胸を張れ。他人の運命を変えようが、愛しい人を救えるのならそれで満足だ。時空を超えて争ったあの冬を忘れないーーーーーー。』

まるで僕自身の声のようだ。この作家さんはどんな人なのだろう、と必然的に思った。この人はまるで、自分がした経験を描いている気がして気が気でない。そんなことありえないのにな、と一つの作品と向き合う。題名はーーーーーー、

 

 

『あの結晶の春を君とまたもう一度』

 

 

素敵な題名だ。僕は思わずその本を手に取って、帯を見た。

『僕は何度だって君を救うために、時間を巻き戻す。君との春を僕は一生忘れないーーーーーー』

その言葉が僕の体の中にある“心”を揺るがす。

買おう、そして同時にこの人に会ってみたいなと思った。