100万年後のあの場所で君とまた出会いたい

第一章 1000001回目の出会い

 

今日も一人と部屋で目を覚まし、一人の、食卓でご飯を食べ、誰もいない部屋に、さよならを告げる。

 

苦しくはない。悲しくもない。ただすべてが

 

“どうでもよかった“

 

何のために、誰のために、私は現在(いま)ここにいるのか。何を求めて、何を信じて、終わりのない命を繋いでいるのか。

 

すべてがどうしようもなくわからない。

 

『生きてさえいれば、いつか幸せだと思える日が、きっと来る。』

 

『辛いことがあったら、その分、幸せだった日々を思い出すといい』

 

いつか、誰かに言われた言葉が私の鼓膜に虚しく響いた。

 

いろんな時代のいろんな国で生きてきた。様々な人と出会った。犬を飼い、猫を飼い、蝶を飼った。

 

怖くて眠れない夜もあれば、死にたいと嘆く夜もあった。でも、そんなことは許されていないのだ。

 

誰が、とは言わない。自分の奥底に眠った「記憶」は、引きずりだしても思い出すことが出来ないほど、重く鉛のように私の心にのしかかっていた。

 

いつも通りの朝が来る。私は今世では十七歳の高校二年生。生まれて消えてをずっと繰り返している。私は“死ぬ“のではない。

 

もともとこの世界にいなかったもののように

“消える“のだ。昔、透明人間になりたいと思ったことがある。みんなには見えない自分が自由に、透明に楽しんでいる姿が瞳の奥に映るのだ。

誰にも邪魔されず、自分の思うままに生きる人に私はまだ出会っていない。

学校へと向かう坂道を重い足取りで登っていく。今は夏だというのに、少し肌寒い。私は半袖の制服から出ている腕を摩りながら、路地裏に寄り道をする。

私の足音に気づいたのか、どこからか白くて綺麗な毛並みをした猫が現れた。

「ミャァーン」

鈴のような鳴き声をあげて、私の足元に頭を擦り付けてくるその猫はユユという名前だ。もちろん私がつけた。

何となく毛糸のような毛並みをしていたからユユ。漢字で書いたら「結々」かな?

自分で言って何だけど、私はこの名前が可愛くてユユに似合っているなと思う。

「ユユ、今日はね…」

そう言いながら私は通学カバンの中から、家で煮つけてきた秋刀魚(さんま)を取り出す。ユユはそれを見て嬉しそうに鳴いて、モグモグと食べ始めた。

「ユユ、おいしい?」

ユユが夢中になって食べていることから、おいしいのだろうなと思う。私はユユの柔らかな毛を撫でながら、思わず口元が綻んでしまっていることに少し驚いた。

自分はもう、何かに心を動かされたりすることはないと思っていたから。

 

ユユと一緒にいる時だけ、私は少しだけ幸せを感じられた。最初に出会った時のユユは、掌(てのひら)に収まるほど小さかったのに、今ではもう大人の猫のように大きく育ってくれた。

 

生命の成長を見て、私が思うことは何だろう。

 

それが悲しみや憎しみであったとしても、きっと大切な感情、心の一部だ。

 

私が物思いに耽って(ふけって)いると、突然後ろに人の気配がした。それはゆっくりと足音を立てて、どんどん私に近づいてくる。私は思わず、身を縮めた。

 

「ねぇ…、何してんの?」

 

後ろを振り向くとそこには、驚くほど綺麗で整った顔をした、私と同じ高校の制服を着た男の子が立っていた。

 

私の顔を見ると、その人は驚いたような表情をした後、またすぐに無表情に戻った。

 

私と彼の間に沈黙が訪れる。でもなぜだろう。今はこの沈黙が私の心に心地よく響いた。

 

「その猫…、もしかしてお前が飯やってたのか?」

 

そう聞かれたので、頷く。もしかして、この人はユユのことを知っているのだそうか。

 

「そうだったのか…。お前、いいやつだな」

 

そう言って彼がニカッと笑ったので、私は目をぱちくりとさせてしまった。太陽のように眩しくて、温かくて、優しい笑い方を、彼はした。

 

この人、こんな風に笑うんだなと少しくすぐったい気持ちになりながら、私も彼に笑いかけていた。

 

嘘ひとつない、本音の笑いだった。作り笑顔なんかじゃない。きっと思わず微笑みを浮かべてしまったような顔をしていたのだろう。

 

「お前、そんな笑い方出来たんだな……」

 

気づかぬうちに彼の口から零れてしまったのだろう。彼は少しハッとした顔をして、何でもねぇ、と困ったように笑っていた。

 

「俺、春野蒼佑(はるのそうすけ)。今日から青山学院高校の二年生だ。お前は?」

 

「私は水無瀬波琉(みなせはる)って言います。私も今日から青山学院高校の二年生ですっ!」

 

なぜか語尾に気合が入ってしまった。彼と同じ高校。彼と過ごせるかもしれないという気持ちが、期待とともに膨らんでいく。

 

「じゃあこれからは波琉って呼ぶ。俺のことは蒼佑って呼んで」

 

今まで誰とも話してこなかった、向き合ってこなかった私が彼と友達のように打ち解けて話をしている。

 

「わかった、蒼佑…ね」

 

男子を名前で、しかも呼び捨てで呼ぶなんて初めてだから心臓がドキドキしすぎて少し痛い。

 

ユユはご飯を平らげ、グーグーと喉を鳴らしてて気持ちよさそうに眠っている。

 

「この猫ってさぁ、何か名前とかあんの?」

 

「うん。一応、私が勝手につけたユユって名前があるけど……」

 

「ふっ、なんでそんな自信なさげな顔してるんだよ。波琉とユユ、似てんな。纏ってる雰囲気とか…、すぐに目の前からいなくなってしまいそうなところとかも全部」

 

蒼佑は時々、といってもまだ出会ったばかりだが何もかもわかっている、理解している、全てを知っているような口振りで言葉を発することがある。

 

それがどうしてなのか、私はまだ、聞けずにいた。