あの結晶の春を君とまたもう一度
第三節 晴れ模様の君
20××年2月12日
雪希ちゃんが事故に合って死ぬ二日前ーーー。本当にこんな事ってあるのだろうか。でも、ってことは僕はタイムループをしたってことになるのだろうか。正直、今はまだ実感が湧かない。とにかく、雪希ちゃんが今もまだ生きているということを確かめてみなければーーー!
僕は制服のシャツに腕を通し、制服に着替えた。その後は顔を洗い、自分で朝食の準備をしてから食べる。なんだか過去に戻ってきたはずなのに僕はどうしてこんなにも冷静でいられるのか。それはほぼ明確だった。僕がタイムループをする前、ガラス玉が宙を浮いて動き出したからだろう。僕は急いで朝食を口に詰め込み、雪希ちゃんの家を目指す。
ピーンポーン……
雪希ちゃんの家はそこに雪希ちゃんがいると証明してくれているように生き生きといていた。
「はーい」
鈴のようになる可愛らしい声……ああ、神様はそれほど悪い人ではないのかもしれない。正直言って雪希ちゃんが死んでしまってからは、行き場のない怒りや憎しみを〝神様〟という存在にただひたすらぶつけてきたのだから。ガチャリとドアの開く音がして、可愛い顔がドアから僕のことを覗いている。
「雪希、…ちゃん。」
「…?どうしたの、優くん。なんか元気ない?」
雪希ちゃんが心配そうに顔を伺ってくる。愛しい人、僕が愛してやまない人、一番大切な人。
「会いた、…かったよ」
必死に声を絞り出す。雪希ちゃんは不思議そうなでも少しおかしそうな感じで「私も」と小さく言った。
「もー、優くんはほんっとに寂しがりやだな〜!昨日会ったばかりじゃない!」
雪希ちゃん、僕は3週間くらい君に会っていなかったんだよ。その間どれだけ寂しい思いをしたか。でも君にこんな思いさせたくはないから神様が僕に試練を与えてくれたことには感謝している。
「うん、…っそうだね」
だから僕が君を救うから。君との未来を僕が創りたい、いや絶対に創り開いてみせる。
2月14日、君はきっとまた事故に遭う。だからあの時のたられば話をすべて現実にできたら君を救えるはずだ。
「雪希ちゃん、もう学校に行く準備は出来た?」
「うんっ!」
笑顔で答えた君の笑顔がこの世界から消えないように、僕は見失わないように例え何度失敗したって諦めたりはしないよ。もうすっかり春だ、とは言い切れないことに不思議な気持ちを覚える。きっと過去に戻っていなければ今頃は暖かくなる春の季節だろう。
「雪希ちゃんは、冬の終わりは好き?」
僕の嫌いだった季節を君が好きだというのなら、僕の一番好きな季節もきっと冬の終わりだになるのだろう。
「うんっ!大好きだよ!冬の終わりは雪解けが綺麗だから」
そう、幸せそうに言った君の好きな季節にこの世界から君の息が消えないように。君の灯が消えて見えなくなってしまわないように。君の好きな季節が他の誰かにとって、周りの人達に取って悲しいものに、思い出したくないようにならないように。
「僕もね、雪希ちゃんと一緒だよ」
優しく、大切に伝えたい。そう思った僕の心に嘘はないから。嘘つきにならないように。
「私ね、優くんが隣に居てくれて嬉しい。優くんは私に取っても皆んなにとっても太陽のような人だから」
「…あり、がとう」
褒められることが苦手だった僕だけど、君に褒められるならどんな言葉でも受け止められる。僕は雪希ちゃんバカかな?ふふっ、きっとそうだね。一人、雪希ちゃんへの想いに戯れていたせいか雪希ちゃんが心配そうに「ねぇ、優くん。やっぱり今日ちょっと変だよ?大丈夫?」と言いながら僕のおでこに手を添える。
その瞬間、僕の頬がカッと熱くなる。恥ずかしい、嬉しい、切ない、苦しい。色々な想いが矛盾にも交錯する。
「や、やだ!優くん顔赤いよ‼︎やっぱり熱があるんじゃ……」
「雪希ちゃん、大丈夫。雪希ちゃんに触れられてちょっと恥ずかしくなっただけだから」
雪希ちゃんの腕を次は僕が掴む。そしたら今度は雪希ちゃんがボッと赤くなる番だった。
雪希ちゃんの反応を見ていると、ちょっとは期待してもいいのかなって気持ちに陥る。雪希ちゃんも僕と同じ気持ちだって分かっていれば、告白できていたのに。でも僕は臆病だから、雪希ちゃんが他の人に気持ちがあるなんて知りたくないから、告白はしない。
それからあっという間に2日は終わり、とうとう今日、2月14日になっていた。前と同じ、外に出た途端に感じる寒くて少し遅いホワイトバレンタイン。テレビでは例年がないホワイトバレンタインになると報じられていた。僕は今日、公園に雪希ちゃんから呼び出されていたのだ。自分の吐息が白い湯気となって消えていく。空からはパラパラと雪が降ってきている。そう言えば、雪希ちゃんが病院に運ばれてから、雪希ちゃんの親御さんと手術の無事を待っている時はこんな雪希じゃなかった。こんな風に僕を包み込むように優しく降ってはくれなかった。暴風雨ならぬ防雪風だ。雪希ちゃんは、その名前に似つかわしくない雪の吹き荒れる日に亡くなったのだ。
「優くーーん!」
遠くから僕を呼ぶ可愛らしい声が聞こえてきた。僕は雪希ちゃんを暖かく迎える。
「待ってたよ、雪希ちゃん」
そう言って優しく微笑む。顔がこわばっていなかっただろうか。
「雪希ちゃん、用事はこの公園じゃないところにしよう。寒すぎる」
なんとかここを去れば、雪希ちゃんは死なないかもしれない。だから…
「うん、いいよ。寒いもんね」
その返事に僕は希望を覚えた。それから僕は比較的暖かい店の並ぶところまで来た。
「優くん、私あったかい飲み物買ってくる。優くんは?」
そのセリフに恐怖を覚える。でも瞬間にその考えを消す。大丈夫だ、ここはあの公園じゃない。
「じゃあココアをお願いしようかな」
「分かった!ちょっとだけ待っててね」
去っていく君の背中を見つめる。どうか、戻ってきてね。君がどんどん離れていく。ああ、不安で不安でどうしようもない。僕の足は勝手に雪希ちゃんを追いかけるように動き出していた。雪希ちゃんの背中が近づく。
「雪希ちゃん……‼︎」
大声で雪希ちゃんの名前を呼ぶと雪希ちゃんが驚いたように目をまん丸にして振り向いた。
僕は雪ちゃんの手を両手で握る。
「雪希ちゃん、雪希ちゃんっ……‼︎僕から離れていかないで!」
僕の声が悲痛な、苦しげな声に変わっていた。
「優くん、落ち着いて!私はここにいるよ」
雪希ちゃんが少し戸惑いながらも僕を落ち着かせてくれる。
その瞬間ーーーーーー、
ガッシャーーンッッーーーーーー!‼︎
近くで何か大きな音が鳴り響いた。
「た、大変だーー!人が、人がーー!」
誰かが叫んでいる。次々と人がその大きな音が鳴ったところに集まっていく。僕はその光景を見た瞬間、息をするのを忘れていた。
そこにはーーーーーー
トラックが思いっきりカーブした生々しい跡と、潰れてしまった自販機。そして、誰か知らない人から流れ出る大量の血が地面を濡らしていたーーーーーー。