過去はいつでも透明色の色彩のよう(第二話つづき)長編

俺は取り合えず、住む家が見つかったことにホッと安心していた。

「ほらほら、玲央君。ジュースだよ。何がいい?」

「カルピスを」

「はいはい。カルピスね」

そうおばさんは言って俺にカルピスを注いで、目の前においてくれた。

そして俺はそのカルピスが入ったコップを掴み、ゴクゴクと一気飲みした。

「あら玲央君。喉が随分と乾いてたのね~」

「お変わりがあるから好きなだけ飲んでね」

そう言っておばさんは俺の空っぽになったコップにまたカルピスを一杯に注いだ。

「ありがとうございます」

「やだ~!そんな堅苦しい言い方はやめてよ。『ありがとう』でいいのよ。これからしばらく一緒に生活するんだから‼」

「は、はい」

「ほら!また~」

そう言っておばさんはケラケラと笑い出した。

俺も少しだけ、……ほんの少しだけだけど口角が上がった気がした。

笑えたんだ。この田舎村に来て初めて笑った。すみれが死んでから初めて笑った。

それはきっと俺がずっと探していた温かい愛というものに触れられたからなのだろう。

一生ここにいたい、一生この優しい人達と一緒に生活したい。

「あ!玲央君。言うの忘れてたけど明日からうちの孫がここで暮らすことになったから仲良くしてね。まあ二人は友達なのよねえ?」

「え……椿さんが?どうしてですか?」

「んん~……。その理由は私の口からは言えないねえ。いつか椿が教えてくれるわよ」

椿さん、どうしたんだろう……。

家出じゃあるまいし…。

心配だ。

「玲央君。おばさんおじさんと散歩に行かないかい?いつもこの昼時になると散歩に行くんだけど……。散歩のついでにこの田原(たばる)村を案内してあげるよ」

「あ、はい。行きます。ああっ……行く」

俺が言い直すとおばさんは嬉しそうに笑ってくれた。

俺の心はまた新しい優しさに触れられたと思う瞬間だった。

この村は田舎ということもあり俺が住んでいた東京の街とは違って、空気が綺麗だ。

俺の左側には太陽に照らされキラキラと輝く海とどこまでも続くサラサラの砂浜がどこまでも続いている。

この村なら俺も好きになれそうだ。

遠くからは鴨の鳴く声、駅から聞こえる列車の音、そして……学校のチャイムの『キーンコーンカーンコーン』という音が聞こえてくる。

この音を聞くだけで俺の心は黒く濁る。靄が広がる。

「玲央君。あれは灯台だよ。この田原村のシンボルなんだ。いつも夜に船が来たときなんかにライトで会話しているんだよ。この村は昔からやっていることが引き継がれているんだよ」

「そうなんだ」

俺は感動した。こんな昔のライトでのやり取りが今も続いているなんて。

すごすぎる。濁った心が晴れていくのを感じた。

「今年は大花火大会があるんだよ。椿も合わせてみんなで一緒に行くかい?」

「うん」

正直俺は花火が苦手だ。大きな音を出して大きな形をして大きな歓声があがる。

俺は『大きい』が苦手だ。

大きい人も、大きい心の持ち主も、声が大きい人も、いちいち行動が大きい人も苦手だ。

でも花火はまだ美しいからいい。

この夏が楽しみになってきたのは気のせいだろうか?

うきうきと待ち遠しい思いでいっぱいになるこの気持ちはきっと楽しみなんだろう。

「おばさん。俺、楽しみにしてる」

「良かった~。玲央君がこの村に来て楽しみなことが増えて…」

散歩は終わり、家に帰っておばさんのおいしい夕食を食べて俺はおばさんが開けてくれたベッドがある一人部屋をかしてくれた。

この部屋は昔おじさんが子どものころに使っていた部屋らしい。

だけど傷一つない綺麗な部屋だった。

俺はベッドに倒れこんでスマホを手にする。

メール画面を見て椿さんというアイコンの人を押した。

列車の中で実は連絡先を交代した。

【明日、おばさんの家に来るんですね。待っています】

俺はそう文字を打ち、送信した。

すると三分以内に椿さんからの返信が帰ってきた。

【え!どうして知ってるの??明日突然来て驚かそうとしてたのにー!!おばあちゃんがどうせ勝手に話したのね!もう、おばあちゃんったら】

と帰ってきた。

【椿さんのおばさんとおじさんはとても親切で優しい人たちですね】

【まあね、私のおばあちゃんとおじいちゃんだもん。当り前よ】

【椿さん、おやすみなさい】

【玲央もおやすみ】

そこでメールは途切れた。

俺は明日7:00に起きようとアラームを設定し、スマホの電源を切った。

布団をお腹だけかけて目をつぶった。

夏になるのももう少しで暑さが少しずつ増してきているような気がした。